アラフォーのヘッポコピーライターが自らの失敗談で綴る、自戒と猛省の広告コラム


アフリカトイレ事情

アラフォーのヘッポコピーライターが自らの失敗談で綴る、自戒と猛省の広告コラム。


第38回 <アフリカトイレ事情>

今度アフリカに行くことになったんスよ…

悲壮感漂う顔でタバコの煙を吐きながらYがボヤいた。Yは前途洋々新進気鋭のCMプランナー(30代前半、独身)。その才能は自他共に認めるところであり、企画の面白さは社内でも折り紙付だ。しかしそんな彼にもただ一つ弱点がある。外国がとてつもなく苦手なのだ。飲める水は軟水オンリー、好きな食べ物はソイジョイと缶コーヒー、TOEIC340点、京浜東北線を愛してやまない日本限定盤CDについてくるボーナストラックのような男、それがYだ。その彼が近々海外ロケでアフリカに行くという。国内ロケさえ嫌がる彼がアフリカなんて行ったら一体どうなってしまうのか。


ケープタウン

かくいう僕も数年前、南アフリカ共和国のケープタウンへロケに行ったことがある。さすが人類発祥の地、アフリカ。驚いたことは山ほどある。トランジットや給油を含めて日本からほぼ24時間もかかること。果物と野菜がすごくみずみずしいこと。コーヒーに深いコクと酸味があること。空がどこまでも広く、青いこと。街は思った以上に西洋的で食事が美味しいこと。世界で4番目に危険な街で殺人事件の発生率が極めて高いこと。だから夜8時以降に出歩く人がほとんどいないこと。「人を見たら殺人者だと思え」とコーディネーターさんに言われたこと。お店ではサービスという概念が皆無なこと。五つ星ホテルでも油断してると普通に盗難に遭うこと。アパルトヘイトはなくなったが、貧富の差は拡大する一方なこと。走っている車の多くが、30年以上前につくられたサビだらけのポンコツなこと。トタンで覆われた家が建ち並ぶスラムの屋根には、なぜか衛星放送用のパラボラアンテナが乱立していること。高台から眺める夜景は世界でも有数の美しさなこと。地球は丸いことがわかるほど水平線が長い弧を描いていること。夜空にオリオン座と南十字星がくっきりと輝いていたこと。遠くから眺めている分には美しい街、ケープタウン。何もかも日本では絶対に味わうことのできない強烈な体験だった。

中でもダントツに思い出に残っているのは「トイレ」だ。経験上、ケープタウンの公衆トイレの鍵は5つに4つが壊れている。あってもまともにかからないか、鍵自体が完全に破壊されている。トイレットペーパーなんていう上等なものは、当たり前のようにどこにも見当たらない。しかも4日もいれば大抵の人はお腹を壊し始める。ミネラルウォーターがガッチガチの硬水な上に、口をゆすいだり生野菜を洗った水がどうしても体内に入るのだ。だから日本生まれの軟弱な尻は否が応でもトイレと大親友になる。外出時は、貴重品の安全以上に清潔なトイレの確保が欠かせない。


壊れているトイレの鍵
壊れているトイレの鍵


ピンチは二度訪れた。一度目は郊外のあぜ道で撮影したとき。昼食時にケータリングサービスの人が特製の野菜スムージーを作ってくれた。その色をひと目見て感じたイヤな予感が、ひと口飲んで確信に変わる。ビートやセロリなど食物繊維てんこ盛りの生野菜をミキサーにかけてつぶつぶにした紫色のニクいやつ。青臭さだけで破壊力MAX。「どうだうまいだろう」と言わんばかりに笑う現地の人のドヤ顔を見たら、とても飲み残すガッツはなかった。息を止め、僕は一気に飲み干した。

効果はすぐに訪れた。しかしここは街から遠く離れた郊外。トイレなんてあるわけない。そういう場合「トイレカー」なるものが出動する。工事現場などにある簡易トイレがトラックの荷台に乗っている車だ。だがスタッフが50人以上いるのに対し、トイレはたったひとつだけ。便座は早々にぶっ壊れた。便座のないトイレで用を足すのはかなりキツい。幸い道の両脇には子どもの身長くらいの草がたくさん生えている。いっそここで…と思ったら、現地の人から「毒ヘビが出るから近寄るな」とキツく言われる。噛まれたら2時間で死ぬらしい。アフリカくんだりまで行って、尻丸出しで死ぬのはかなり避けたいものがある。しかし先刻から急直下型の差し込みが寄せては返す波のように腹を容赦なく襲う。腰から下はアフリカなのにイグアスの滝。眼球の水分さえ出尽くした感さえある。おまけにトイレットペーパーは紙が粗悪でザッラザラ。お腹キュルキュル。お尻ヒリヒリ。もはや撮影どころではない。だが万が一ここで漏らしたら日本の恥。何が撮ったかさえ定かではないまま、気合いでなんとか終わりを迎えた。

二度目のピンチは翌日訪れた。その日の撮影は屋内。前日の教訓から朝から水分はおろか固形物も口にしていない。撮影がようやく終わりに近づいたとき、気の緩みから不意に差し込みが襲った。例によっていくつかあるトイレはすべて鍵が壊れているが、やがてVIP用のゲストルームを発見。しかもトイレットペーパーもたっぷりあるではないか。おお、ラッキー!鍵をかけ心置きなくパンツをおろした。鍵をひねったときイヤな予感がした。カチッと乾いた音ではなくグリッと何かがメリこむ音がしたのだ。用を足してドアを開けようとしたら今度は鍵がまわらない。満身の力を込めた両手でもビクともしない。立て付けが悪く、鍵の突端が木枠に深くめり込んでいるらしい。遠くから撮影機材を撤収する音が聞こえてくる。こんなときに限ってケータイを鞄の中に置いてきた。ヤバい!トイレに閉じ込められたままアフリカで置いてきぼりにされる!これぞまさにウンの尽き。


開かなくなったトイレの鍵
開かなくなったトイレの鍵


まず頭に浮かんだのは、刑事ドラマみたいにドアを蹴破ること。しかしいくらドアが開かないからといってお借りした建物を破壊するのはマズい。下手したら逮捕されるかもしれない。ドアが蹴破れなかった場合、足首を痛めて終わる可能性もある。次に考えたのが大声で叫ぶこと。しかしここはVIP用トイレ。「何勝手に入ってんだ!」と怒鳴られる可能性は否定できない。見上げるとドアと天井の間に30cmほど隙間があいている。あそこから出るしかない。ドアの高さは2mほど。決してよじのぼれない高さではない。でももし足を踏み外して落ちたら骨折、よくてヒビはまぬがれない。しかし他に脱出手段はない。僕は覚悟を決めた。何かによじ上るなんて小学生以来だ。慣れない筋肉を使い、ドアの上に体を引き上げた。ウエー!ドアの上にはカッサカサに乾いた奇妙な虫の死骸が無数に散らばっている。丁寧にそれらをトイレットペーパーで払いのけた後、ドアの上部をしっかりと握りしめ反対側に降り立った。


よじ登ったトイレのドア
よじ登ったトイレのドア(後日撮影)


帰りに乗った全日空の機内トイレにはウォシュレットがついていた。すべての外国は日本のすばらしさを再認識するために存在すると言っても過言ではない。清潔な便座に腰をおろし2週間ぶりに「洗う」のボタンを押しながら、心の中で僕は泣いた。

※ 本コラムの内容は全て個人的な発言であり、所属する組織や団体とは一切関係ありません。むしろ早く関係して発言できる身分になりたいものです。


佐藤理人(さとうみちひと)
電通 第4CRP局 コピーライター。
マーケティング、営業を経て、2006年より現職。
東京コピーライターズクラブ会員。
受賞歴:TCC新人賞、ACC銅賞など。