アラフォーのヘッポコピーライターが自らの失敗談で綴る、自戒と猛省の広告コラム


ファミコンと呼ばれた男

アラフォーのヘッポコピーライターが自らの失敗談で綴る、自戒と猛省の広告コラム。


第34回 <ファミコンと呼ばれた男>

 「サーセン!!!」

営業のY(33歳・♂)が勢いよく頭を下げた。「サーセン」とは「スミマセン」のこと。頭を下げるスピードと角度だけ見れば、一見深く反省しているように思えなくもない。しかしYにとって「サーセン」は、世の人々の「お疲れッス」と同じ。とりあえず付けておくだけの枕詞にすぎない。ちなみに彼の辞書に載っている言葉はあと一つだけ。それは、

 「アザス!!!」

頭痛・生理痛の薬ではもちろんない。「アザス」とは「ありがとうございます」のこと。「サーセン」と「アザス」。普段の会話はしどろもどろで要領を得ず、口を開けば言い訳ばかりなクセに、この2語を言うときだけは異常な歯切れの良さを見せる。たった2つの単語だけでYは、30余年の人生を渡りきって来たと言っても過言ではない。

しかしどんなに調子が良くても、つきあっていれば化けの皮はやがて剥がれる。Yの場合は特に早かった。空気は読めず、複雑なことは一切できない。何度怒られても同じミスを繰り返す。8bit並みのCPUしか持たないこの男には、いつしかこんなあだ名がついた。


ファミコン

 ファミコン

マリオブラザーズ、ドンキーコング、ゼビウス、ロードランナー、ボンバーマン、etc。ファミリーコンピュータ、略してファミコンの初期のゲームは、どれもシンプルであるが故に奥が深かった。しかしYは違う。笑った目の奥は虚ろで、発言はどれも吹けば飛ぶほどの重さしかない。正にペラッペラのスッカスカ。もしもこの世に「職業図鑑」なる本があったなら、「広告代理店営業」のページにカラーで載るような人間なのである。

先日もこんなことがあった。大きなプレゼンを控えた前日、みんなが朝まで準備している中、Yはどうしても外せない用があるということで一人だけ先に帰った。翌日、プレゼンの席で会ったYの髪には真新しいクリックリのパーマがかかっていた。

 「一応、大事なプレゼンなんで。サーセン!!!」

悪びれることもなくYはのたまった。髪型を整えることも立派なプレゼン準備である、と言うのだ。当然、スタッフは怒った。直接の上司だけでなく、ありとあらゆる部署の人間から烈火の如く怒られた。2時間近く怒り続けた人さえいた。しかしYの真の恐ろしさはここからである。この男、どれだけ怒られてもまったく応えないのだ。まるで洗脳されて恐怖を感じなくなった殺人マシーン、ロボトミー手術を施され全身の神経を抜かれた無痛人間、未来から送り込まれたT-1000。ありとあらゆる罵詈雑言を浴びてもミストシャワーのように受け流し、顔色一つ変えないそのケロッとした姿にはもはや戦慄さえ覚える。


サムアップ

 鈍感力

ふと、そんな言葉が頭をよぎった。単純であるが故に神経がワイヤー並みにぶっとく、言われたことをいちいち気にせず済むのだろうか。思えばファミコンが世に与えた最大の衝撃は、それまでゲームセンターで何百円もつぎこまないとできなかったゲームを、家で何百回でも好きなだけ遊べることにあった。Yも何度ヤラれても、コンティニューを繰り返すことで「納品」という課題をいつの日かクリアしようとしているのかもしれない。

ところが昨日、珍しくYがしょげている。驚いたことに目の周りにマンガのような真っ黒なアザをつくり、鼻には厚めのガーゼを当てているではないか。聞けば、週末実家に里帰りしたとき、高校の同級生に殴られたのだと言う。原因はその同級生にナイショで同窓会を開いたこと。ツイてないことにその帰り道当の本人にバッタリ遭ってしまい、呼ばなかったことを責められ、言い訳する間もなく問答無用でぶっ飛ばされたのだそうだ。鼻がアサッテの方向を向いていたので、思わず「大丈夫???」と聞いたら、

 「ダメっす…」

と答えた。おおお、鼻の骨が折れればさすがに無痛人間も弱音を吐くのか。気のせいか、ご自慢のパーマのかかり方もいつもより若干冴えない気がする。さすがに気の毒に思い、「仕事の方、大丈夫?ムリしないで休んだ方がいいよ」と言うと、Yはニヤリと笑い、

 「アザス!!!そっちはぜんぜん楽勝なんで大丈夫ッス!」

と言った。その同級生が鼻ではなく、顎を砕いてくれなかったことが残念でならない。

※ 本コラムの内容は全て個人的な発言であり、所属する組織や団体とは一切関係ありません。むしろ早く関係して発言できる身分になりたいものです。


佐藤理人(さとうみちひと)
電通 第4CRP局 コピーライター。
マーケティング、営業を経て、2006年より現職。
東京コピーライターズクラブ会員。
受賞歴:TCC新人賞、ACC銅賞など。