意外と死ねちゃう家庭の化学


「混ぜるな危険」は振りじゃない

いいか、絶対に混ぜるなよ!振りじゃねーぞ

洗剤

塩素系漂白剤と言われるものがある。衣類のしみ取りや漂白、湯飲みなどの茶しぶ落とし、ほ乳瓶、食器やまな板の除菌、カビ取り、最近ではノロウイルスの退治にまで広く使われている非常に便利な化学物質だ。使ったことある方がほとんどだろう。で、この非常に使える塩素系漂白剤も、一歩間違えれば「意外と死ねちゃう」危険な物質になってしまう。有名どころとしては、酸性の洗剤(例えばトイレ洗浄に使うやつ)と混ぜてしまうこと。これは絶対に駄目だ。なぜなら猛毒の塩素ガス(Cl2)がでるからだ。この塩素ガスは人類歴史上、最悪な物質として記録されている。第一次世界大戦中の1915年4月22日のイープル戦線、ドイツ軍は連合国軍に向けて塩素ガスによる大規模な攻撃を仕掛け、阿鼻叫喚の地獄を作り出した。これが、歴史上で初の本格的な化学兵器(毒ガス)の記録となっている。ここから化学兵器の研究は進み、ホスゲン、マスタードガス、サリン、VX・・・とクソみたいな化学物質の名が歴史に刻まれていくわけだ。ちなみに奇しくも今年はそこから100周年、このイープル(今はベルギーの都市)では慰霊祭が行われた。


で、何に気を付ければいいのか?

過去に塩素系漂白剤で中毒になり、掃除中の主婦が死亡する事故などが何件も起こっている。そんな経験から現在では「混ぜるな危険」の表示は、経済産業省所轄の家庭用品品質表示法により表示を義務づけられている。色や文字の大きさなんかも指定があり、さすがに最近は浸透してきたようだ。だから、酸性洗剤と混ぜたらだめだよなーと思っている人は少なくないだろう。ただ、人間汚れが落ちないと心理的に「いろいろ試して絶対に落とそう」と思ってしまうもの。是非気を付けてもらいたい。また、酸性洗剤以外にも、実は塩素系漂白剤と混ぜて塩素ガスが発生するものはかなりある。というか、酸性の物質全てが該当する。つまり、お酢の成分である酢酸とかレモンの成分であるクエン酸だって、反応すれば酸性洗剤よりも少ない量だが塩素が出てくる。他にも成分を目立つように表示していない製品もあるしね。そもそも、何も混ぜなくたって密室に塩素系漂白剤を長時間放置しておけば、空気中の二酸化炭素が溶けて酸性の炭酸となって反応し、塩素ガスが発生することもある。しかし、全てをケアするのは不可能だろう。塩素系漂白剤使うたびに「これは大丈夫かなー」なんて考えていられるのは化学者だけだ。普通の人はそんなに暇じゃない。だから、気を付けてほしいことは三つだけ。

① 塩素系漂白剤だけを使う・・・酸性じゃなきゃ混ぜてもOKとか勝手に思わないように。他のものを使いたくなったら、とりあえず塩素系漂白剤をしっかり水で流してから。
② 換気して使う・・・少しのガスなら換気しとけば大丈夫。窓開けて、換気扇を回しておこう。
③ 使ったら時間をおかずに水で流す・・・塩素は良く水にとけるので流してしまおう

悪者みたいに書いてしまったが、塩素系漂白剤はかなり使える化学物質だ。洗浄、殺菌効果はかなりあるし、何と言っても安価だ。正しく使いさえすれば、こんなに使えるものはない。洗剤でも石鹸でもそうだけど、「今扱っているのは化学物質であり正しく使わないと危ない」という意識を持ってもらうだけで事故はかなり防げる。どんなものでも用法容量はお守りくださいというわけだ。


【ライター紹介】

あしど毒多(あしど どくた)
某大手食品メーカー研究室に勤務。
学生時代、実験でスペルミジンの合成に成功するも、衣服に付いたその臭いで変態呼ばわりされた苦い過去を持つ。
学生時代に得た「化学のすすめ」を合い言葉に、日常生活における化学を一般の人にわかりやすく伝えたいと日々尽力する化学オタク