秋が深まってくると、道路のそこらかしこに落ちていて、独特の臭いとともに秋の風物詩となっている銀杏。茶碗蒸や串揚げ、私たち日本人にはとてもなじみ深い食材だ。しかし、この銀杏、実はかなり厄介な毒を持っていることをご存知だろうか。
愛すべき晩秋の味覚だけに、改めて銀杏の脅威をシェアさせていただきます。
古くから銀杏は「歳の数以上食べてはいけない」という言い伝えがあり、過剰摂取による死亡事故も起こっているほど危険な珍味なのだ。これは、銀杏の持つ有毒成分「4-O-メトキシピリドキシン」が原因だ(なぜか「チルビリドキシ」という名前が「銀杏毒」で検索すると出てくるが、コピペミスだろう)。
この化合物はビタミンB6で知られるピリドキシンという化合物に非常によく似ており紛らわしい。我々科学者の中では両方並べて間違え探しの問題にできるくらいなのだが…、面白くなかったらごめんなさい。思い起こせばこの辺りの科学知識が何度恋路の邪魔をしてきたことだろう。
しかし、ここではあえてしっかり申し上げる。ビタミンB6は脳内にあって神経を沈静化してくれる物質であるγ-アミノ酪酸(通称GABAともいわれ、サプリメントでお馴染みの方もいるかも)を作るのに使われる大切な物質だ。
ところが構造が良く似ている4-O-メトキシピリドキシンはビタミンB6と間違えて体内に取り込まれてしまう。しかしビタミンB6のようにGABA作りに使われる機能はないので、結果的にビタミンB6がGABAを作るのを邪魔することになるのである。
すると神経を沈静化することができなくなり、興奮状態が続き、けいれんや嘔吐、意識混濁を引き起こすことになるというわけ。
銀杏中毒の主な症状
•不整脈
•顔面蒼白
•呼吸困難
•呼吸促迫※呼吸が早くなる
•めまい
•痙攣
•嘔吐
•意識混濁
•下肢の麻痺
•便秘
•発熱
しかし、ビタミンB6の働きを邪魔しないくらいの量、つまり少量なら食べても全く害はないのだが、体の中のビタミンB6の量は体重におおよそ比例するので摂取には注意と配慮が必要だ。特に子供には気をつけなければならない。子供はより少量のビタミンB6しか持っていないので、一般的に「歳の数以上食べないこと」という言い伝えになったのだろう。この銀杏毒の被害のうち7割は子供と言われている。東京都福祉保健局のホームページを見ると、
ギンナンを約7時間でおよそ50個食べ3時間後に全身性けいれんを起こした1歳の男児、50〜60個食べ7時間後におう吐、下痢、9時間後に全身性けいれんを起こした2歳の女児、60個食べ4時間後からおう吐、下痢、両腕のふるえを起こした41歳の女性などの報告があります。
とあり、子供の場合5〜6個でも中毒を引き起こす例がある。食料事情の悪かった戦後では死亡例も数多く報告されているのだ。
ならばどのくらいなら食べてもいいの?という疑問だが、日本中毒情報センターによると、小児で7個〜150個、成人で40個〜300個となっているが、医薬品の年齢区分に従うと、7歳未満の子供には与えない方がよいようだ。
•7歳未満は0個
•7歳〜14歳までは6個以下
•大人は20個くらいまで
この数字を意識しておけば危険は回避できるはずだろう。
この銀杏毒の厄介なところは熱に強いこと。文字通り煮ても焼いても食えないものなのだ。本来加熱処理はごく一般的な消毒方法で、様々な菌や毒物を殺すのに有効だと言われている。しかし、銀杏毒のように加熱しても安定して毒性を持ったままのものも少なくない。例えば、戦後最大の食中毒を起こした腸炎ビブリオ(シラス干しに繁殖して被害が出た)や潮干狩りでの被害が多い貝毒も加熱では無毒化できない。正に銀杏はその類、煮ようが焼こうが、確実に毒を摂取することになるので先述の量だけ食べるようにしていただきたい。
因みに銀杏毒で発症した中毒には効果的な応急処置がほとんどない。唯一効果があるのは「銀杏毒以上の量のビタミンB6を投与すること」という方法のみ。万が一、発症してしまった際にはすぐに病院に行き、銀杏を食べたことを伝えるように。その際どのくらい食べたのかをお忘れなく。
厄介な毒はあるけど銀杏は酒のつまみに最高で、もちろん僕も大好きだ。しかし酒も銀杏も量が過ぎれば毒になる。知識と理性を盾にして日本の珍味をお楽しみくださいませ。