首相官邸でのデモが恒常化し、目前の選挙を意識する政治家が無視できない状況になってきた。アラブの春がちょっと遅れて日本にもやって来たといえないことも無い。
それでも、「原発反対派は算数ができないバカ」、「大衆の不安を煽る俗悪メディア」、「福島原発の事故では死者は出ていないが火力発電で公害による死者が増える」というインテリ風の輩が後を絶たない。
まずは私の経験から。東日本大震災から2週間ほどした時に、「浜岡原発稼動反対!」と環境保護運動をしている知人から言われた時は「そうはいっても原発のコストは安いから、そう簡単ではないよ」と答えた記憶がある。
しかし、それはその時点の報道の「原発はメルトダウンしていない」、「地震による直接の被害ではなく、『想定外』の津波による事故」、「原発の立地はきちんと事前調査されている」という政府や電力会社の情報が正しいということを前提にしたものだ。
今になっていろいろと分かって来た。実際には、原子炉はメルトダウンどころか貫通して核燃料がボタボタ垂れていたメルトスルーだったし、地震直後に既に原子炉が壊れていた可能性も高いようだ。おまけに、大津波の可能性が分かっていて東電は調査までしていたのに対策を採らなかったことも明らかになった。他の原発では断層の真上に施設を作っている可能性もあるというから驚きだ。結局、「原発反対!」と直感で主張していた知人が正しく、論理的・合理的に考えていたつもりの私が間違っていた。
ついでに言うなら、大震災直後に同じ職場にいたインド人と中国人の同僚が、原発事故の翌週の月曜日には海外から「しばらく会社に出られない」と電話してきた。他の多くの同僚たち(ちなみに日本人だけでは無い)が黙々と業務を続けていたのに、である。TV報道を見ても多くの在日フランス人やその他の国の多くの人々が空港に殺到し、さっさと遠くに逃げた。今考えると、結果として最悪の事態にならなくて済んだから良かったものの、日本政府が隠していた最悪のシナリオの存在を考えれば、彼らの行動の方が合理性があったように思える。
行動進化学という研究分野があって、人類はどうやら危険な事柄から一目散に逃げてきた遺伝子を持ったグループが生き残っているらしい。例えばこうだ、太古の昔、ヤリを担いで狩に出た。茂みがガサガサ動いた時に、どうするか。興味深々で近づくか、一目散に逃げるか。獲物かもしれないし、トラやヒョウかもしれない。獲物をとればその日の食糧にはなるが、猛獣なら人生はそこで終わる。つまり、生き残っているのは考えるまもなく一目散に逃げたグループの子孫なのである。これは戦乱でも疫病でも同じだった。だから、今回たまたま私の回りですぐに逃げたのが、5000年の歴史を持つインド人や中国人であったことに妙に納得している。「原発反対派はバカだけ」というインテリたちは好奇心旺盛な、茂みを覗き込むグループの方々のようである。
今後30年のうちに90%の確率で巨大地震が発生するとしよう。30年後も生きていると思うなら、それまでにドカーンといってしまう確率が極めて高いのだから、原発反対は算数がちょっとできる人なら当然の結論だ。いくらお金をもらっても自分の故郷が居住不能になることを選択する人はまずいない。
ところが、「そんな先のことはどうでもいい」と数年先ぐらいしか考えないなら、この計算は変わってくる。「数年間は安い電気が使える」、「任期中の利益が上がればよい」、「どうせ2年で役所は異動だし」、と思えば何も今ある原発は既に投資してしまったお金(Sunk Cost)だから使わない手はない、となる。
ちなみに経営者も、サラリーマン経営者とオーナー社長で結論が違ってくるはずだ。仮に電力会社の社長がサラリーマン社長ではなく、大量の株式を保有する創業者社長だったら、原発は選択しない。なぜなら数十年に一回のドッカーンで自分の会社が吹っ飛んでしまうような危ない発電施設は怖くて使えないからだ。
実は、流行のFX取引で400倍のレバレッジを効かせた利息狙いの取引(キャリートレード)はこれに近い(日本国内では規制強化で最大20倍になったのであくまで過去の話だが)。高金利通貨に100万円投資すると、なんと4億円分の金利がもらえたから、3%の金利差で年1200万円!年率1200%の利回りで、こんなにおいしい話は無いように見える。しかし、株価暴落や為替介入などの数年に一度の市場ショックが起きれば、一瞬で為替相場が2%ほども動いて800万円超の損失となり、元本がすべてなくなった上に投資金額の7倍もの損失だけが残ってしまう。原発の仕組みはこのレバレッジを数千倍にしたようなものなのだ。それでも使うならトラに食われるインテリ種族と思うしかないのだろう。
(念のため付言しますと、上記は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではありません。)
土居雅紹 (どいまさつぐ)氏
eワラント証券株式会社
チーフ・オペレーティング・オフィサー
CFA協会認定証券アナリスト(CFA)