野田首相による観艦式での「諸君が一層奮励努力されることを切に望み、私の訓示とします」という発言に対し、一部勢力が問題視している。問題の箇所は「奮励努力」。軍事関係のみならず、近代史を学んだ方ならすぐにピンと来る表現である。
「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ 各員一層奮励努力セヨ」
とは、日露戦争でバルチック艦隊を迎え撃った日本海海戦の際に、旗艦三笠に掲げられた旗信号(Z旗)の意味するところである。
野田首相は父親が自衛官であり、松下政経塾に学んで天下国家を論じてきた人物であって、もちろんZ旗の意味するところを知らないはずがない。となれば、これは中国か日本国内、あるいはその両方に向けたメッセージであると考えるのが自然であろう。
仮に中国に対してなら、「尖閣に軍事侵攻するなら、軍事紛争も辞さない」という間接的なメッセージとなる。ただし、突然の竹島上陸パフォーマンスと天皇陛下への侮蔑発言を行った韓国の李明博大統領ほど露骨な敵意表明でもなく、中国の外相や報道官のように口汚く日本を繰り返し非難し、自国内の暴力行為を正当化することほど非友好的なものではない。
また、次期首相にもっとも近い位置にいると言われる安倍自民党総裁は「(中国と)話し合う余地はない。領土問題はないのだから、1ミリも譲る気はない」と発言している。
古代ローマの学者で今でも西洋の政治・軍事論に多大な影響を与えているウェゲティウス(Vegetius)はその著作の中で、こう述べている。
「戦争は経験した事がないものにとっては甘美なものだ」
“Sweet is war to those who have never experienced it”
実際、古代ギリシャ・ローマから近代まで大きな戦争は30年から50年程度の間隔をおいて繰り返すことが多い。世代が代わると辛く悲惨な戦争の記憶が風化し、戦争を美化する政治家・大衆が増える事がその原因の一つと考えられている。わが国の指導者が、この類では無い事を願いたい。
一方で、野田首相や安倍自民党総裁が外交の本質を理解し、タカ派を演じながら硬軟両様で外交交渉を進めているという可能性もゼロではない。「敵を欺くには味方から」だ。また、前述のウェゲティウスはこうも述べている。
「平和を欲するなら、戦争に備えよ」
“If you want peace, prepare for war.”
国家間の外交とは左手で剣を持ちながら、右手で握手し、にこやかに微笑みあうようなものである。ただ、これは中国の得意とするところで、相手が弱ければ攻め、強いと見るや「平和」を訴える。今回の官製デモによる破壊活動や漁船を動員した工作を見ると辟易するかもしれないが、それでも、チベットや東トルキスタンのように武力占領して漢化政策を推し進めるのでもなく、ブータンやベトナム、フィリピンに対してのように武力で領土を掠め取ったわけではない。中国は、日本にはまだ相当気を使っているほうなのである。この程度で済んでいるのは、日本の経済力の大きさ、自衛隊の能力の高さ、日米安保の存在のおかげといえる。
国のリーダー達の真意が見えない我々は、今後どういったことに「奮励努力」すべきだろうか。まず、局地戦にしろ軍事衝突に向かってゆっくりと時代が進んでいるという悲観シナリオを想定するのであれば、「中国には当面出かけない(イザという時帰国できなくなる)」、「香港株への投資は米国上場のADRに切り替える(交戦状態になれば日本人が中国で保有している資産が接収される可能性もゼロではない)」、「これから就職を考えるのであれば中国資本、中国市場への依存度が高い企業は避ける」、「円急落に備えて、日本株から金・米国株に資金を移す」、「田舎に農地を確保する」といった対応が考えられないでもない。
逆に、日中の指導者達が実は世界中のマスコミが報道するよりもずっと賢明で、再び「戦略的互恵関係」を構築できると考えるのであれば、このところ下げが目立っている中国関連株は大底圏となり、将来の急騰が見込めることになるだろう。
(念のため付言しますと、上記は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではありません。)
土居雅紹 (どいまさつぐ)氏
eワラント証券株式会社
チーフ・オペレーティング・オフィサー
CFA協会認定証券アナリスト(CFA)