質問「TPPが話題になってます。結局、金持ちや証券会社、大企業だけが儲かり、日本の農民や労働者が損をする仕組みを押し付けようとしている気がします。このままTPPに参加したら日本が滅びてしまうのではないでしょうか」(22才、学生)
子供の時にロビンソン・クルーソーを読んで胸を躍らせ、アイドルグループの無人島開拓番組を毎週楽しみにしている方もいるだろう。しかし、人類は交易で技術やモノを得て発展してきた。自分ひとりではスマホや自動車どころか、クワやスコップといった道具、穀物からフルーツまで自分で全部作る事はできない。
「そんなことは分かっている」というだろうから、もう一つ分かりやすい例を考えてみよう。
今の日本では、日本国籍か正当な在留資格があれば、どこでも自由に商売ができるし、県境を越えても関税は払わなくてよい。また、日本全国どこに行っても同じ法律、同じ製品基準が適用される。
では、東京都がいきなり独立を宣言し、通関を設け、あらゆる税率を変え、都独自の車の整備基準を決め、薬の許認可を行ったらどうなるだろう?神奈川県や千葉県からの野菜には関税がかかり、埼玉からの工業製品もすぐに東京に持ってこれない。
愛知や広島にある自動車工場では東京仕様の車を別ラインで作らなければいけなくなる。おまけに都が課す関税が高かったり、通関業務の遅延がひどいなら、多摩に工場を移そうと考えるかもしれない。逆に「それなら」と東京からの物品に対しても周りの県で関税がかけられるだろう。
東京の農家は大喜びとなるだろうが、大多数の都民は今よりさらに高いコメや野菜を買わされ、工業製品も品揃えが減った上に値段も上がる。まわりの地域では東京に工場が移転してしまって職がなくなるかもしれない。こう考えると、自由に交易ができることが社会全体のメリットになることがサルにも分かるはずだ。
「いやいや自由貿易が重要なことは分っている」といいながら、支離滅裂なことを言う輩も後を立たない。
「日本の製造業は強いから海外に自由に輸出したい。でも農業やサービス業は弱いから保護しなければいけない」という意見を堂々という諸先生方がいる。
では、農業国の政治家はこう言うだろう。
「強い農業は自由に輸出し、弱い製造業は保護したい」
同様に、知的財産に強い国ならこうなる。
「音楽や映画の著作権や薬などの特許権は世界で権利を守るべきだが、その他は“安全保障上の理由から”国内産業の保護が重要だ」
これでは貿易は進展しないし、東京が独立した事例となんら変わるところはない。実際、GATTやWTOという仕組みで貿易の自由化が進められてきたが、外国では存分にメリットを享受しながら自国では不透明な規制や例外を次々と作るBRICsなどをはじめとする新興国のただ乗りが目立ち、交渉が決裂したままだ。
例えば中国企業は海外でどんどん企業買収を繰り返しているが、外国企業は中国で同じことはできない。
また、尖閣で対立すると一方的に日本へのレアアースを禁輸したり、同じく領土問題による対立によってフィリピンからのバナナの輸入を止めたりもしてる。
結果として、世界全体の合意は半ばあきらめて、合意ができたところから進めていこうという国同士がFTA(自由貿易協定)やTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を推し進めている。
2013年の報道の自由度ランキングで日本は53位。台湾(47位)、韓国(50位)と比べても悪く、なにかとお騒がせのイタリア(57位)のちょっと上だ。まあ、中国は173位、北朝鮮は178位だから下には下がいるものだが。
で、どういうことかというと、政府の出している統計や見解がアテにならないということを意味する。例えば農水省が出している「食料自給率」。日本の食料自給率は40%しかないから農業保護は安全保障上必要という政府のプロパガンダだ。
ところが、実は農水省が長い間使っていた数字は日本独自の「カロリーベースの自給率」で、こんにゃくやレタスはほとんどゼロということが露見している。食肉は輸入飼料分をどうやってか差し引くという詐欺まがいの操作が行われているらしい。
ちなみに生産額ベースの自給率では7割近いとされ、「日本は島国で農業が弱い」と主張している割に世界的にもきわめて高い自給率である。その分、国民は高い農作物しか買う選択肢が与えられていない訳だ。
「日本の農作物が安全」という主張もかなり怪しい。狂牛病では対策が後手に回ったし、原発事故の後は、十分な研究が行われていない低濃度汚染作物を国民に食べさせ続けている。そんな国の政府が出したTPPの経済効果の試算をどこまで信じるかは、受け手の頭の「オメデタイ度」によるだろう。
さらに言えば、若者ほど歴史を学ぶべきである。第一次世界大戦の後、世界恐慌が起こり、各国が植民地を中心にブロック経済を形成し、それにはじき出されたドイツや日本が「窮鼠、猫を噛む」ように第二次世界大戦に突入していった。
EUは巨大なブロック経済であり、ASEANもしかりである。日本だけで世界の流れを変えることはできないので、日本の安全保障と日本経済のためにどのような政策がよいのか、日本国民はもっと意識する必要がある。現時点での日本の選択肢は以下の3つだ。
① TPP加盟でアメリカとの経済・安全保障の一体化を進める
TPPはもともとはシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国で始められたが、現在はオーストラリア、アメリカ、カナダ、メキシコなどが加わり11カ国で交渉中。
GDPの規模ではアメリカが他国を圧倒しているので、日本が加わると日米両国への経済効果が大きい。また、アメリカにとっての日本の重要性が高まり、安全保障上もプラスと考えられる。
オレンジが自由化されてもみかん産業は崩壊していないし、輸入グレープがもっと安くなっても日本のぶどうを駆逐するとは考え難い。それでも不安なら、アメリカ旅行でもして現地のスーパーの野菜売り場で、買いたいものがあるか見てみればよいだろう。
② ガラパゴス
どの経済ブロックからも孤立し、ガラパゴス経済を謳歌する。耕作放棄地が多く、参入制限も厳しい国内農業を保護しながら、日本から製造業がどんどん海外に出て、また不況に逆戻りだ。
実際、タイやメキシコに日本から工場が移転している理由も世界のブロック経済化進展によるところも大きいのだ。
③ 大中華帝国の属国化
日中韓FTAなどで中華経済圏に入ることを支持するグループも政府内のチャイナスクールに多い。ただし、中国の不透明な経済政策や中国共産党指導体制の将来が見え難いこと、中韓で偏向反日教育が継続され日本に対しては不誠実であるを良しとする思想がはびこっていること、日本の基幹産業との競合が多いことから、日本にメリットがあるかはかなり疑問である。
特に中国との関係強化はリスクが高い。尖閣諸島の領有権だけでなく、チベットやウイグル、内モンゴル、満州のように漢族が大挙して日本に押し寄せ、圧倒されるリスクが高い。
日本では万年野党的な頭の構造の持ち主にこんな主張が多い。
「大企業や企業家などのお金持ちは嫌い。税金は払いたくないけど、福祉水準の切り下げは困る。給料は上げて欲しいし、失業するのはまっぴら。日本の農業を守るためにTPPは絶対反対」
お金が自然に沸いてくるということはない。ムシの良い話はありえないことはこの3年間の民主党政権で国民も身にしみて分ったはずだ。大企業をいじめれば日本から去り、就職先は減り、税収も減る。
TPPを根拠なく批判する輩も後を絶たない。そもそもいまさらTPPに入れてもらえるかどうかも分らないのにだ。そんなに問題があるなら、なんで日本より経済規模が小さいメキシコやカナダが参加を決めたのか想像してみるがよい。今年はEUという巨大ブロック経済にクロアチアが参加する。トルコもEUに入りたがっているのは何故なのか。相手国の立場になって考えてみることだ。
TPP反対派が問題としているラチェット規定とISD条項、ネガティブリスト方式は、公正な運用をするために考え出されたものだ。ラチェット規定は、「一回決めたものは後で“ちゃい”は無しよ」というもの。WTOに加盟していてもころころ運用を変える国がいるので、決めた約束を守らせることは当然である。
例えば、日本は拠出金を約束したら世界でもきっちり守ると評価高いが、隣の某国はしばしば約束を反故にする事で知られている。ISD条項は、問題があったら国際機関で仲裁しようというものだ。これがなければ今の中国が「二国間で解決しようぜ」とベトナム、フィリピン、日本に盛んに言っているように強引な大国が有利になってしまう。
最後にネガティブリスト方式というのは、これも当然で、例外にするリストものを決めたほうが抜け穴が減り、より公正な運用ができる。だから、農協の共済、郵便貯金、コメの高率関税などをどうしても日本が守りたければそれをこのリストに入れればよいだけのことである。
とはいえ、この国の国民や政治家はしばしば非合理で感情的な判断をする。実際、日本の政治を大混乱させた上に“国賊”といわれるような行為を繰り返す大物政治家や、福祉拡大だけを求める政党もある。TPPはそんな日本の将来を占う試金石となるだろう。参加を見送るようなら、いつでも外国で仕事ができるように英語の勉強を始める、日本株を売り外国株に切り替えるといった自分にできる自衛策を考え始めたほうが良いだろう。
(念のため付言すると、上記は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではない。)