質問 日本の国と地方の借金を合計するとギリシャより悪いようですが、ギリシャは失業率も高くて日本より大変な経済状況になっていると聞きます。日本も近いうちにギリシャみたいになるのでしょうか?
また、書店には「預金封鎖」とか「日本は財政破綻する」という本が山積みになっている一方で、「国債が暴落しても長期投資家は大丈夫」という著名な市場関係者もいます。
結局のところ、日本の国債は近い将来暴落するのでしょうか。またその時にはどんなことが起こるのですか?(20才、大学生)
まず、国債が暴落するとはどういうことか考えてみよう。
ある国の国債が叩き売られる時は、日本という国家への信任がなくなる時だ。このため、その国の通貨も株式も外国人投資家は我先にと売り急ぐだろう。
また、債券の価格が下落するということは、利回りが上がることを意味する。つまり、金利が急上昇する。となると、企業が銀行から借り入れるにしても、個人が住宅ローンで家を建てるにしても、借り入れ条件が厳しくなる。つまり、新たな投資や消費が減り、企業なら資金繰りが厳しくなって倒産するところも出てくるし、個人の破産も増える。
また、例えば5%の金利が付くなら、わざわざ株式に投資して元本が減ってしまうリスクをとろうという人も少なくなる。こうして、国内の景気は悪くなり、株価はさらに下がる。
実際に過去の事例を見ても、1997年のアジア通貨危機、1998年のロシア危機、2010年から2012年の欧州債務危機でも、各国の国債が暴落したときには、通貨も売られ、株価も大きく下がる。これは市場関係者にとっては初歩の初歩といってよい程の常識である。それを踏まえた上で、敢えて「国債が暴落しても長期投資家は大丈夫」と主張する意味を推測するなら以下のどれかとなるだろう。
① 10年もすれば状況は改善するだろうから日本株を長期間売らなければ良い
② 国債暴落時に同時に暴落した日本株に投資すれば安く買えるから大儲けのチャンス
③ 外国株や米ドル、金などに長期間投資していれば資産価値が保全される
とはいえ、①の「日本株が下がっても売らなければそのうち戻るはず」であれば数年間〜10年程度も大きな損失を抱えて耐えなければならないし、その間に急にお金が必要になって安値で売らざるを得ない事情が起こらないという非現実的な前提条件が必要となる。国債が暴落するようなときには多くの企業の経営が苦しくなり、リストラが増え、貯蓄を切り崩す必要が出てくる時期と重なるからだ。
②のように「暴落時に日本株を買えば大儲け」も実は言うほど簡単ではない。相場が暴落する前に換金してチャンスを待っていなければならない。となると、売り時の判断を放棄する“ほったらかし長期投資家”や“コア+サテライト戦略”と聞こえが良くても結局投資し続けるだけで、毎月投資信託などを積み増すだけの投資スタイルでは不可能だ。「まだまだお金はあるでしょ。暴落時にはもっと買ってくださいよ」という業者の声とも聞こえなくも無い。
そうではなくて③の資産分散、中でも米ドルと金地金を保有するというのであれば、諸外国の先例をみると確かに国家的危機の際に有力な資産価値保全手段となっていた。ただ、これは投資で儲けを狙うというよりは資産保全策で期待リターンは大きくない。それに、日本株への長期投資が報われるという理由には逆立ちしてもならない。外国株にしても日本ほどの経済規模を持つ国の国家的な危機のときに、無傷でいられる可能性はまずない。つまり、国債が暴落しても長期投資家は大丈夫とはいえないことになる。
となると、「国債が暴落しても長期投資家は大丈夫」というのは、“顧客が聞きたいことを言って満足させるための顧客サービス”のように思える。
では、預金封鎖や財政破綻が目前に迫っているかと言うと、少なくとも数年単位ではそうでもない。
まず、日本の公的債務はGDPの約2.5倍にものぼり、これはギリシャの公的債務がGDPの1.7倍、イタリアはGDPの1.3倍、ドイツは“優等生”でGDPの約70%、アメリカはGDPとほぼ同程度ということを考慮すると、日本の債務残高は突出して大きい(出所:IMF)。さらに、日本政府も、「日本の財政が危ないから消費税増税が必要」と言っている。現時点の公的債務1230兆円が、毎年30兆円程度(GDPの約6%)も残高が増えていきそうな勢いで、すぐに改善する見込みも無い。
しかし、少なくとも日銀が異次元緩和の一環として、毎年80兆円(GDPの16%!)ものペースで国債を買い入れている間は国債暴落は想像しがたい。現に今でも金融機関や年金基金が放出する国債を日銀がほとんど吸収してしまっているのだ。また、政府の側からも日銀の国債買い入れを継続させるしかない事情がある。仮に国債の金利水準が3%上昇すると、国や地方自治体の金利負担が36兆円(1230兆×3%)も増えてしまうし、財政赤字を補填してもらうためにも日銀は国債を買い続ける必要があるからだ。つまり、「国債が暴落する」と主張するのは、「日銀が日本国の財政破綻の引き金を引く」と言っているのと等しく、現実的なシナリオとはなりえない。
さらに、国の会計には一般会計に加えて、特別会計や実質的に国の“子会社”のような独立行政法人がある。これを企業会計でいう連結決算のように全体で見ると、日本国は意外にも潤沢な資産を保有していて、債務から資産を引いた純債務は半減するという見方もある。
日本の国債暴落がしばらくは無いとしても、日本の借金の水準が極めて高いことは否定できない。このため、どういったタイミングで何が起こりえるのかということは考えておいた方がよい。
一般に、財政赤字を縮小したいのであれば、財政支出を大胆に切り詰める、経済成長を図って税収を増やす、高率のインフレを起こして借金を実質的に減額するという3つの方法のいずれか、あるいはその組み合わせとなる。財政再建に成功しやすいのは、経済成長とされているが、日本の場合、少子高齢化で経済成長率の底上げはそう簡単ではない。また、歳出の多くを占める年金や老人医療費、公務員給与などの削減は、既得権者の選挙での集票力を考えると実現は相当難しい。となると、残るは道は高率のインフレ、それも高齢化の進展で貯蓄率が低下して貿易赤字が急拡大した時に起こる日本円の大幅下落によって引き起こされる輸入インフレとなる可能性が高い。
ギリシャやスペインなどと違うのは、日本は独自の通貨を持っていて、ガンガンそれを刷ることができるという点だ。もちろん円の価値は下がるが、それによって輸入品が高くなり、国産品の競争力が上がり、輸出競争力が上がる。おまけに多くの海外子会社を持つ企業の連結決算も日本円換算でよくなるという為替レートによる通常の調整機能が働く。
これは、年率数百%というハイパーインフレになって1万円札が紙切れになったり、銀行の預金が封鎖されたり、日常生活で日本円の代わりに米ドルが使われるようになったりすることを意味しない。日本の大部分の国民は物価(特に食品やガソリン)が上がり、所得はそれほど増えず、海外旅行にも行きにくくなる。つまり生活水準は総じて下がる。特に影響が大きいのは、年金と貯蓄で生活していこうとする(働いていない)リタイア世代となる。しかし、大学生の質問者さんのように若い世代にとっては、超円高・デフレで仕事が無いよりよほどましである。質問者さんは元気な限り75歳でも80歳でも働くことになるが、老化防止にはかえってよいはずだ。
今やるべきことは何かって?
専門知識や社会に出て役に立つ一般的なビジネススキル(パソコン、英語、簿記など)を学生のうちにしっかり学び、社会に出てからも慢心することなく学び続けることだろう。ついでに投資の基礎を若いうちから学べば、書店に並ぶ経済娯楽本に惑わされることもなくなるはずだ。
(念のため付言すると、上記は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではない。)