寄稿 ドロ舟日本の行方


米中の危険な読み違い

質問 安保法制に反対する人々が12万人も国会周辺でデモを行っている一方で、中国の抗日軍事パレードは表面上なんと言っても、やっぱり「日本を震え上がらせるため」だったと思います。6月に中国株が下がり始めたときは、「日本への影響はほとんどない」とテレビに出てくる賢そうな方々は自信をもって発言されていたと思いますが、どうもかなりヤバイ状況になってきた気がします。経済的に大変な国が戦争をしかけてくるとも思えないのですが、この先一体どうなるのでしょうか?(21才、学生)



大本営発表という言葉を聞いたことがあると思う。今でも都合が悪いことは隠し、小さいものを大きく見せることを考えている人たちは、同じようなことをする。また、「白髪三千丈」という言葉があるように、国民性や文化的な背景によっても誇大な表現はみられる。今回のデモ参加人数に関する警察発表は3万3000人、航空写真に基づく産経新聞の推計では3万2千人だった。
では、仮に日本全国の会場をあわせるとちょっと多めに5万人このデモに参加していたとしよう。どうやら子供から90歳のご年配まで参加していたようだから、日本の総人口と比べると5万人÷1億2700万人=0.03%となる。選挙で勝てるほど支持者がいなくても、思想・信条のしばりが強く、全国的に動員力のある政治団体なら集められない数ではない。

ちなみに、最近本当に超がつくほどの大規模なデモがインドであった。賃上げなどを求めてなんと1億5千万人のデモがあったのだ。日本の総人口を上回る規模にもびっくりだが、総人口が12億5200万人のインドにとっても総人口の約12%にもなる。これで内戦にならないのだから立派な民主主義国家ともいえるが、日本で1500万人(総人口の12%)規模のデモがあったら、それこそ政治が動かざるをえない結果になるだろう。


■相手が自分と同じ考え方をするという前提は危険

興味深いのは、「戦争反対」を声高に叫んでいるデモに参加した首相経験者が、「日本を震え上がらせるため」の抗日軍事パレードに参加を表明していたことだ(当日中国で“体調を崩して”式典だけの参加にしたとのことだが)。さらに中国の過去2回の軍事パレード(1999年の建国50周年、2009年の建国60周年)にも参加していたというのだから驚きである。
日本国内では「戦争絶対反対」を叫びながら、日本を事実上の仮想敵国の一つとしている国の軍事パレードに参加するこの方の論理が私には全く理解できないが、実際のところバックグラウンドが異なる他人の考えを理解するのは容易ではない。まして、イデオロギー、政治信条や文化的背景が違う国家間では、そのすれ違いもさらに大きくなる。
今回の大規模な中国の抗日軍事パレードにおける中国共産党の意図はおそらく「中華人民共和国は超大国になった」、「アメリカ本土も攻撃できるし、日本なんてチョロイものだ」、「アメリカは超大国である中国との平和的な合意の下、西太平洋から去らなければならない」、「だから日本はアメリカ寄りの政策を改め、島々を中国に割譲し、AIIBに加盟して黙ってATMの役割に徹せよ」といったものだろう(一部筆者の妄想含むw)。
ところが、恐らく誇り高いアメリカは「アメリカ本土を攻撃できる力を誇示」されると伝統的に強い反発を感じるはずだ。また、(これも私の想像ではあるが)一旦“アメリカ国家の敵”と認識すると、歴史的に長期間に亘り戦略的にネチネチと締め上げる傾向があるように思われる。
日本はどうかというと、実際に中国の軍事パレードに震え上がった国民もいたかもしれない。しかし、「これは大変だ。だから安保法制でアメリカとの同盟を強化し、自らの軍事力を増強し、中国からのサイバー攻撃に備え、AIIBの勢力拡大を防ぐための開発援助の拡大が必要だ」とより多くの国民が考えるようになるだろう。つまり、中国が日米両国に伝えたかった(と思われる)メッセージとは全く逆の行動を引き起こす可能性が高いのである。
こういった読み違いが大きな紛争に発展することは多い。例えば、イラク戦争(2003年)では、イラクのフセイン大統領(当時)はわざわざアメリカが本格的に侵攻してくるとは考えていなかったフシがある。そのアメリカもその後イラク侵攻が泥沼に陥るとは予想していなかった。さらに言えば、イラクからの米軍撤退がISILの台頭を招くことも想定していたとは言い難い。


■これからどうなるか決め付けは危険、「最悪でもマシ」な選択を!

さらに言えば、「経済的に大変な国が戦争をしかけてくるとも思えない」という質問者さんの考え方は、実際に困ったことがない人の合理的な発想だ。かつての日本は、太平洋戦争前の米英中蘭による経済制裁(ABCD包囲網)に苦しんだ。加えて米国による石油禁輸で、勝ち目が無い米国との開戦を決意した。現在の常識で考えれば、石油の備蓄が数年しかないのに、石油だけでなく工作機械までアメリカに依存している状況で、その国と戦争をするなどとても合理的とはいえない。まして、既に中国で戦争を継続中だったので、敵を増やすことの合理性は無い。実際困った状況にある国ほど、合理性を無視した行動に出る。
この観点で中国について予想するのであれば、バブル崩壊で経済状況が最悪になれば隣国のどこか、おそらくベトナム、フィリピン、日本のうち、米国の同盟国でないベトナムとの軍事紛争を起こす可能性が高いと私は見ている。そうではなく、米中冷戦となり、無理な軍拡が負担になってソ連型崩壊になるなら、人口の数%(といっても数千万人だが)の難民が日本に押し寄せることになる。ちょっと皮肉なことではあるが、おそらく日本や周辺国にとっての最善のシナリオは、習近平政権が構造改革を急がず、時間をかけてソフトランディングを目指して日本型の緩やかなバブル崩壊に誘導し、共産党一党独裁を維持しつつ、壊滅的な市場の混乱を防ぐことであろう。
で、どのシナリオが実現するかだか、中国長老がいつか風邪をひくか、天津で起こったような大事故が再発するか、はたまた隣国ロシアのプーチン大統領が飼っている秋田犬が主人に噛み付くかどうかといった一見関係がなさそうなことでも結果は大きく変わりうる(カオス理論に基づけばそうなる)。
ということで、質問者さんの立場で考えるのであれば、投資でも職業選択でも、いくつものシナリオを想定して可能性が高そうな最悪の場合でもマシになるものを優先すると悲惨な結果になる可能性が減るだろう。

(念のため付言すると、上記は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではない。)


土居雅紹 (どいまさつぐ)氏
土居雅紹 (どいまさつぐ)氏
eワラント証券株式会社
チーフ・オペレーティング・オフィサー
CFA協会認定証券アナリスト(CFA)
(社)証券アナリスト協会検定会員(CMA)

ラジオNIKKEI「ザ・マネー」月曜日のレギュラーコメンテーター。月刊FX攻略、Moneyzine、日刊SPA、ロイターなどに寄稿。著書に『勝ち抜け! サバイバル投資術』(実業之日本社)『eワラント・ポケット株オフィシャルガイド』(翔泳社、共著)など。