質問 円高株安で年金運用で大損が出たそうです。そんな運用をしていて、私が65歳になったときに、年金はきちんと支給されるのでしょうか?もし、アテにならないなら、どうしたら良いのでしょうか?
(30才、会社員)
30年以上も先の年金の心配をするのだから、質問者さんはかなり心配性のようだ。同時にあまり歴史には興味がないのかもしれない。結論から先に言うなら「30年も先のことなのでガラガラポンもありえるが、よほどのことが無ければ年金は支給はされる。ただし、アテにはならない水準となるだろう」。なぞなぞのように聞こえるかもしれないが、以下順を追って説明しよう。
30年前といえば1986年。まだ日本の巨大不動産バブルが崩壊する前の”バブル景気“で、現在定年間近なオッサンたちがブ~イブイ言わせていた頃だ。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と浮かれて日本企業が米国企業を買収し、ジャパンマネーが海外の骨董や不動産を買いあさってひんしゅくを買っていた時期でもあった。
その数年後の90年代初頭になるとバブルはすでに崩壊し始めていたが、「そのうち地価も株価も戻るだろう」と皆が考えていた。少子高齢化も一部で懸念され始めてはいたが、「日本人は優秀だから大丈夫」という今となっては根拠が無かった楽観論が支配的であった。
その結果どうなったか。気が付いてみると、世界の金融史に残るほどの巨大バブルが大崩壊し、バタバタと会社が潰れた。
20年前はどうだったかというと、1987年には消費税増税とアジア通貨危機のダブルパンチで、護送船団方式といわれた日本の名門銀行・歴史のある証券会社がバタバタと潰れた。それでも日本の銀行が不良債権処理に手間取った結果、銀行の貸し剥がしが起きて、引導を渡された企業も多い。
そして10年前はサブプライムバブル崩壊が始まり、2006年には米国の不動産価格が下げ始め、2007年にはサブプライムローンに投資していた仏大手BNPパリバ系のファンドが潰れた(パリバショック)。その後は、2008年9月のリーマンショックへと続く。
10年前でさえそんな状況だ。まして20年前、30年前とは隔世の感がある。30年前の超人気企業には、今何かと話題の電機大手や13行もあった都銀、興長銀、超安定業種のはずの電力会社などが名を連ねていた。国レベルの人口動態による予想は、戦争や国家制度の根本的な転換がなければまず変わらない。しかし、今絶好調であっても、勤務先が30年先も安泰である可能性ははっきり言ってかなり低い。
年金の運用に関する報道だが、ゴシップ誌や左翼系マスコミは、意図的に悪いときだけ批判する。「彼らはそういう商売だから」というしかないが、本当のことは自分で探しに行かないと分からない。平成27年度にはおそらく数兆円の損失は出ているだろう。しかし、これは実はたいしたことは無い。平成24年度から26年度の3年間でGPIFは36兆円もの運用収益を上げている(外株や外債での運用も含む)。
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のホームページをみると、2015年12月末の運用資産額139兆8249億円の運用対象は、国内株式23.35%、外国株式22.82%となっていた。つまり、日本株だけで32兆6400億円もあったわけだ。これほどの巨大資金の運用結果は、日本株はTOPIXとほぼ同じ、米国株運用はS&P500とほぼ同じになる。全体として日本や世界経済が成長するなら運用収益はプラスとなるが、クラッシュの年はマイナスになるというだけのことだ。
しかし、仮に年金の運用がそこそこ上手くいったとしても、日本の年金制度は構造的に厳しい。現時点の日本の公的年金は、自分が貯めた分を後でもらうのではない。年金受給者への支払い額がまず決まり、それを現役世代が税金を含めて負担する“どんぶり勘定”だからだ。
これから少子高齢化がどんどん進み、2010年に2.7人の働き盛り(15歳~64歳の生産年齢人口)で65歳以上の高齢者を支えていた割合が、2020年に2.0人、2050年には1.6人にどんどん減る(出所:国立社会保障・人口問題研究所)。今までの“大本営発表”の人口推計は、出生率の予想を甘めに作って現状の年金負担額を抑え、何年後かに「予想より出生率が低かったので、見込みが狂いました。というわけで年金負担増をお願いします」という繰り返しだった。従って、ただでさえキツキツの見通しなので、現状の人口推計が再び下振れすれば(おそらくそうなる)年金の原資が不足し、「年金制度の再改革」が必要となる。そして残念ながら、おそらくこれから何回も「年金制度の抜本的な改革」が繰り返されるだろう。
「じゃあ、年金は破綻するのか?」
と心配になるだろうが、まずそれは無い。というのは日銀が金地金などの裏付けなしにいくらでも日本円を供給できるからだ。だから、日本政府が円建ての借金で破綻することはないし、年金も同じ。ただ、野放図に通貨を発行すると、第二次大戦後の日本や直近のジンバブエなどのようにハイパーインフレになり、極端な話、30年後にもらう10万円ではハンバーガー1個しか買えない、という可能性もゼロとはいえない。
現実的には、そこまでの野放図な政策は採られないだろうから、5-7%程度の高率のインフレ+社会福祉予算の実質的な減額となるだろう。分かりやすく言えば、年金支給開始年齢は75歳や80歳に段階的に引き上げられ、インフレ進行ほど支給額は増えずに、現在の50%程度から60%程度の給付水準となると考えられる。結局のところ、養ってくれる世代の割合が4割減るなら支給水準も4割減ると言う単純な算数だ。
ということで、質問者さんたちの世代は、今の高齢者や引退間際でウキウキしている人たちとは違って、退職後の温泉三昧も、世界1周クルーズもない老後になるだろう。体や頭が元気なうちは働き続ける生涯現役とならざるを得ないが、かえって生きがいが与えられて幸せともいえる。
なお、企業は75歳や80歳まで定年を延ばそうとはしないだろうから、30才から30年後を見据えて、ロボットに仕事を奪われないような自分だけでできる仕事を考えて準備しておくと良い。なお、資金運用はよほどの大金で無い限り、それで食べていけるほどにはならない。それでも、若いうちから相場を10年単位のスパンで大局観を養い、運用上手になっておけばお気楽生涯現役生活を送れるようになるだろう。Good Luck!
eワラント証券 チーフ・オペレーティング・オフィサー 土居雅紹(どい まさつぐ)