質問 最近、中国が日本の領海にスパイ船を侵入させたり、南沙諸島の人工島に滑走路やレーダー、ついには原子炉まで作ろうとしていたりしてます。2012年の反日暴動もそうでしたが、7月に日本で参議院選挙があると分かっているのになんでわざわざ日本国内の反中勢力を助けるような行動をとっているのでしょうか?それとも、日本の政治日程など歯牙にもかけていないのでしょうか?
(30才、会社員)
中国で第二の毛沢東に近い権力を手に入れたとされている習近平氏が何を考えて日本への挑発を行っているのかは分からないが、中国の近代史を見る限り、70年間の安寧の中にいる日本の“常識”は通じない可能性があることは想像に難くない。
表は1949年の中華人民共和国以来の主な戦争・紛争・事件を時系列にならべたものである。まず分かるのは、日本と違って武力でウイグル、チベット、カシミール、ブータンの一部を次々と勝ち取り、朝鮮戦争では米国と、中ソ国境紛争ではソ連と、インドやベトナムとも複数回戦っている。つまり、中国は建国以来戦争を繰り返していることになる(表中、太字が戦争や主な軍事衝突)。そして、その中国が70年間一回も戦争をしていない日本のことを「軍国主義的だ!」と批判し、それを日本の一部マスコミが支持するのだから、かなり滑稽な構図でもある。
中国の近代史でもう一つ留意すべき点は、3,000万人から5,000万人もの餓死者を出した大躍進政策や、国内を大混乱させた文化大革命、西側からの経済制裁を招いた天安門事件などの大混乱を幾度も経験している(表中赤字が内戦や内乱)。そういう混乱期にあっても国境では軍事衝突で領土を広げ、ウイグルやチベットでの少数民族の暴動を現在も武力鎮圧し続けているのである。
年 | 中国の主な戦争・紛争 |
1949年 | 国共内戦に勝利した中国共産党により中華人民共和国建国 |
1949年 | ウイグル侵攻(東トルキスタンを併合) |
1950年 | チベットを武力併合 |
1952年 | 朝鮮戦争に義勇軍として参戦、米韓主力の国連軍を38度線まで押し戻す |
50-60年 | 台湾と武力衝突を繰り返す |
1958年 | 大躍進政策(~1961年)、経済が混乱し、餓死者3,000-5,000万人 |
1959年 | チベット蜂起(1950-1976年でチベットの犠牲者120万人とも) |
1962年 | 中印国境紛争(インドに侵攻しカシミール地方の一部を占領) |
1966年 | 文化大革命(~1976年):国内混乱、経済停滞 |
1969年 | 中ソ国境紛争 |
1971年 | 中国尖閣諸島の初めて領有権を主張 |
1974年 | ベトナムから西沙諸島を奪う |
1979年 | 中越戦争 |
1984年 | 中越国境紛争 |
1988年 | ラサ暴動 |
1989年 | 天安門事件(デモ学生を武力鎮圧、犠牲者1,000-3,000人?) |
1992年 | 領海法制定(尖閣諸島や南沙諸島、西沙諸島を領土と定める) |
1995年 | 米軍撤収後にフィリピンからミスチーフ礁(南沙諸島)を強奪 |
1995-96 | 台湾海峡ミサイル危機 |
2000-06 | ブータン北部地域を侵略 |
2008年 | チベット騒乱 |
2009年 | ウイグル騒乱(死者600名とも) |
2010年 | 尖閣漁船事件 |
2012年 | 日本尖閣諸島3島国有化、中国国内で大規模な反日活動 |
2014年 | 中国による南沙諸島での大規模な埋め立て工事が発覚 |
さらに興味深いのが、中国はこれまでのところ、実にしたたかに超長期拡大戦略を実行してきたという点だ。基本的な戦略は、「勝てない」あるいは「利用価値が高い」と考える相手には「友好」を前面に出して、得られるものを得る。国際情勢の変化や相手国の混乱などで軍事的優位を確立したと思えば、軍事力を背景に自国に有利な国境線を画定を迫る。というパターンの繰り返しである。
中国の領海法制定は1992年だが、フィリピンからミスチーフ礁(南沙諸島)を奪うのは米軍が撤退した後の1995年である。日本の尖閣諸島への攻勢は2010年まで20年近くもじっと待ってから行動に移している。その間に、「日中友好」を前面に出して、日本から円借款、技術移転、直接投資など得られるものはしっかり得ているから、騙されやすい日本よりかなりしたたかである。
反面、西側のような民主主義国家ではないので、中国の指導者は相手国の民意を読むのはあまり得意ではないようだ。もしかしたら、自国では言論統制が可能で、暴動は武力鎮圧できるために、相手国でも指導者が同じことができるはずと考えてしまっているのかもしれない。
例えば、1995年~1996年の台湾海峡危機では、台湾に軍事的な威嚇を行ったことで逆に中国への反発が強まってしまった。2012年の反日暴動では日系企業が投資を激減させてしまう結果となった。さらに、近年の南沙諸島での無理筋の主張に基づく人工島建設でアセアン諸国の中国への警戒心を強めてしまった。
そう考えると、日本近海での軍艦による示威行動は、「中国の南沙諸島での行動の邪魔をするな」、「日本の台湾、チベット、ウイグル支援を抑え込め」、「中国に尖閣諸島を割譲せよ」といった類の日本に向けたメッセージなのかもしれない。しかも、我々の“常識”では考えにくいことに、同時に敵を作ることを目指しているかのようにインドや米国にも挑発行動を繰り返している。つまり、中国が軍事的な示威行動を繰り返すことによって、民主的な選挙制度を持つ国に対しては逆効果となることは、中国指導部にとっては“常識”ではないのである。
とはいえ、膨大な人口と市場規模、実質的に日本の6倍はあると推測されている軍事予算という大きな強みと、過剰投資による過剰生産力、多額の不良債権を抱える金融機関、急速な高齢化による国力衰退、頻発する少数民族の暴動という大きな弱みを抱えた大国が日本の隣に居続ける事実は変わらない。矛盾を抱えた国が外敵を作ることは歴史上の常套手段なので、日本を含めた隣国との偶発的な軍事衝突は「あるか、ないか」ではなく「いつ」と考えたほうが良いだろう。この場合、中国はアメリカに勝てないことは分かっているので、第三次世界大戦や核戦争になるリスクは低い。しかし、世界的な株価急落の引き金になることは十分に予想される。投資なら、どこに投資すべきか、実生活なら海外旅行先や取引先の選定など、“常識のない大国”がすぐ隣にある前提で再考しておく必要があるだろう。
eワラント証券 チーフ・オペレーティング・オフィサー 土居雅紹(どい まさつぐ)