- 時と場所
質問 私は運悪くリーマンショック直前に株式投資を始め、8年間損失を抱えながらジッとガマンしてきた株を1月に半分、2月に残りを売ってしまい、ちょっとの利益しか出ませんでした。その後グングンと株価が上がったので、自分だけとても損をしたような気がします。
でも、最近の株式相場は海外の巨額資金や国内の年金資金、日銀などに買い上げられたと聞いています。結局儲かったのがプロだけなら、個人投資家は何をしてもかなわないのではないでしょうか?個人投資家に適した金融商品や投資法はあるのでしょうか?(60才、会社員)
損失を抱えながらもじっと値上がりを待って辛抱することを業界用語で“塩漬け”という。そこで長期間のストレスに耐え、株価が戻ると儲けが少なくても売ることを“やれやれ売り”という。つまり、珍しくもなんともなく、昔から多くの投資家が繰り返してきた行動パターンなのである。
- 個人投資家とプロは投資の目標が異なる
合理的に考えるのであれば、8年間も辛抱するのではなく、そのお金を米国株やインド株に投資していれば、あなたの利益は遥かに大きかったことになる。だが、自分が投資していた日本株の“儲け損ね”は気になっても、外国株に比べた場合に見劣りする点についてはあまり気にならない方は多い。
さらに言えば、数年前の損失を抱えた状態の時と、ちょいプラスで損失がなくなった今を比べるとどうだろうか?ほぼ100%の投資家が、今のほうが遥かにストレスが少ないはずだ。
何を言いたいのかと言うと、多くの個人投資家の投資パフォーマンスに対する認識は「損失は大嫌い」だが、「プラスであれば、そのリターンの多寡についてはあくまでごく身近な情報だけで満足度が変わってくる」のである。一方、運用を生業にしているプロたちの目標はかなり異なっている。年金や投資信託などの資金は運用成績を測る目安が日本株の場合はTOPIX(東証株価指数)、米国株の場合はS&P500 、外国株の日本株以外の場合はMSCI-KOKUSAIなど予め決まっている。この運用成績の比較対象(ベンチマーク)の騰落率をほんの0.01%でも上回れば上出来なのである。逆を言えば、TOPIXが10%下がった時に、マイナス9%で済めば抜群の運用成績とされる。
ヘッジファンドは運用手法が自由で、“絶対的なプラスリターンを狙う”とされているが、結局は各種株価指数などを上回っていれば良しとされるし、資金が大きくなればなるほどカミワザ的なリターンは難しくなる。
ではリーマンショックのようなことが再び発生したとして、TOPIXや日経平均が50%下落し、仮にあなたのポートフォリオがマイナス45%で済んだして、「私って投資の天才じゃない?」とあなたは喜んでいられるだろうか?そう、個人の場合はマイナスの運用成績は絶対悪なのである。
- 実は制約が多い運用のプロ?
大部分の投資のプロにとって最大の制約は、運用し続けなければならないことである。預かった資金から信託報酬とかマネージメントフィーとして、毎年資産残高の1%や2%もの手数料を貰っているのに「今は相場が悪いから資金のほとんどを現金にしている」とは言えない。だから明らかに割高な相場状況でも、先行きに自信が持てない大イベントの直前でも、急落局面でも、粛々とポジションを採り続けることになる。この考え方の背景には、「相場のタイミングを図ろうとしても、結局当たらないからやらない」、「現金の比率を高めたければ、投資家が自分で運用資金を減らして(解約して)現金を引き出せばよい」というものがある。しかし、分厚い説明書のどこにもそんなことは書いてないから、分かってファンドを買っている方がどれほどいるかは個人的にかなり疑問がある。
また、投資対象が日本株だけで外国株、原油や金はダメとか、買いのみで売りポジション(ショート)はだめとか、デリバティブは一切使えないといった制約もある。どんなに日本株がしょぼくれていても日本株しか買えないというのは結構大変だ。大イベントの前に大きく動くことが分かっていても、オプションを両建てすることができる年金や投資信託はごく限られ、多くはやはり日本株を持っているだけしかできない。
さらに、ヘッジファンドの一部ではある程度利用できるものの、年金や投資信託の株式運用の場合には、株価や需給などから相場の値動きを判断する手法(テクニカル分析)を表立って投資判断に用いることは難しいようだ。テクニカル分析と言っても星の数ほどもあり、役に立つものもあれば、役に立たないものもあるだろう。また、多くの投資家が同じ売買シグナルを重用すれば、それが自己実現的に株価や外国為替レートに影響を与えることもありえる。しかし、仮に本心では有用なものと考えている手法があったとしても、それが説明力を持っていることを論理的に説明できない限り、年金や投資信託などでの投資判断に用いられることはまずない。
例えば、統計的に有意であっても、1年のうち5月から10月(米国株は9月)までは株価が下がりやすく、11月(米株は10月)から4月までは株価が上がりやすいというハロウィン効果(半年効果)は、プロが運用に使っているとは公言し難い。同様に、理由ははっきりしないけれども相場の転換点になることが多い満月や、なぜか株価が上がることが多い新月の大潮の数日間といったアノマリー(特異効果)も、特に天体運行がからんだりすると、年金や投資信託、はたまた日銀の資金運用対象になるETFなどに取り入れることはできない。我々人類は宇宙の成り立ちすらよく知らないというのに、株式相場の変動要因を全て分かっているフリをしなければならない投資のプロというのも因果な商売ではある。
- 個人投資家はプロの制約を活かすべし
では、個人投資家がプロ相手にわたり合うにはどうしたらよいかというと、だいたい察しがついてきただろうが、上述のプロの制約を逆用すればよい。まず、プロとは投資の目標が違うのだから、相場が上がろうと下がろうと、日経平均やTOPIXと自分の運用成績を比べるのをやめるべきだ。今年前半にプラスで抜けたならそれでよしとすれば、ストレスは激減する。
さらに、気分が乗らないとき、体調が悪いとき、相場の先行きが読めないときは“いつでも動けるようにしながらも資金を退避させ”、ワラントやオプションに向いた相場と思えば躊躇なく利用し、占いでもまじないでも自らどんどん検証して、使えそうなら投資判断に使えばよい。誰にも説明する必要がないのが個人投資家の最大の強みである。かつてはプロとの情報量に歴然とした差があった。しかし、ネット時代の現在は努力して自分の得意な“時”と“場所”で仕掛けることができる個人投資家に分があると考えているのは私だけではないだろう。(念のため付言すると、上記は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではない。)
土居雅紹 (どいまさつぐ)氏
eワラント証券株式会社
チーフ・オペレーティング・オフィサー
CFA協会認定証券アナリスト(CFA)
(社)証券アナリスト協会検定会員(CMA)
ラジオNIKKEI「ザ・マネー」月曜日のレギュラーコメンテーター。月刊FX攻略、Moneyzine、日刊SPA、ロイターなどに寄稿。著書に『勝ち抜け! サバイバル投資術』(実業之日本社)『eワラント・ポケット株オフィシャルガイド』(翔泳社、共著)など。
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