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アラフォーのヘッポコピーライターが自らの失敗談で綴る、自戒と猛省の広告コラム
  • A嬢の転職
  • アラフォーのヘッポコピーライターが自らの失敗談で綴る、自戒と猛省の広告コラム。

  • 第35回 <A嬢の転職>
  •  この会社の人って本当に、
     具体案「以外」を作るのが好きですよね

  • 銀座七丁目のオサレなバーでシンガポールスリングを飲みながらA嬢がヤレヤレと首を振った。時計の針はすでに午前2時。いくら夜も朝も遅い広告業界とはいえ、そろそろお開きにしてしかるべき時刻だが、今日はA嬢自身の送別会。こんなにじっくり話をする機会はもう当分来ない。あと1時間と決めて「お会計お願いします」の声を飲み込んだ。

    A嬢は中途入社3年目のストラテジックプランナー(35歳・新婚)。ストラテジックプランナー(以下、ストプラ)は直訳すると「戦略立案者」。調査データなどを元に広告の戦略を考える人。要はひと昔前の「マーケッター」だ。「戦略立案」というと何やら知的でカッコイイ響きがする。しかしその内実は過酷だ。さほど高くない売上と膨大な労力をかけて調査しても画期的な新事実が見つかることは稀であり、それどころか「イメージがよくない」「認知度が低い」などクライアントにとって「不都合な真実」が明らかになることがほとんど。当然、聞かされてよろこぶクライアントは少ない。一方、僕ら制作スタッフにしてみれば、その程度のことは毎日フツーに暮らしていれば肌感覚でわかることばかりなので特にアイデアの参考にはならない。細かな数字とグラフと正論だらけの企画書は眠気と嫌気を誘うばかりで、貴重な紙と時間のムダづかいという結果に陥りがち。所詮、調査は調査。過去は過去。未来を拓く次の一手は自分で考えない限り見つからない。ぼく自身、そのことは入社から2年間のマーケティング経験でイヤというほど実感済みだ。

    そんな理由でストプラの人にはなるべく近寄らないようにしていたのだが、どういうワケかA嬢とは不思議とウマが合った。その理由はたぶん彼女が決して「ウチの会社」という言葉を使わなかったからだと思う。新入社員の頃、入社式から1週間も経たずに「ウチの会社」呼ばわりする同期たちがぼくは気持ち悪くて仕方なかった。なんなんだ、オマエらの盲目的な帰属意識や変わり身の早さは?そもそも会社って「手段」であって「目的」じゃないよね?以来、ぼくは未だに居心地の悪さを抱き続けている。いまにして思えば、ぼくはきっと彼らの順応性の高さと要領の良さが羨ましかったのだ。ただ、こうも思う。ああ、彼らが本当に興味があったのは仕事ではなく、社名だったんだなと。

  • そんな会社マンセーなメンタリティは、10年間他社を渡り歩いてきたA嬢の目にはことさらキモく映ったらしく、ことあるごとに周囲の浮世離れした世間ズレっぷりをLINEでこっそりdisるのだった。中でも最も槍玉にあげていたのが冒頭のセリフに代表される「中身のなさ」。広告屋なので当然といえば当然だが、周りには口のうまいオトナが多い。出身校から察するに受験勉強も得意だったと思われる。ゆえに「分析と批評」にはめっぽう強い。が、しかし。それこそが問題であるとA嬢は強く主張する。そういう人の多くは言ってることがサガミオリジナル並に極薄である、と。体温は感じるが決して核心に触れないありがたいご意見の数々は、一瞬もっともらしく聞こえるものの中身はてんでスッカラカン。しかもそういうヤツに限って、耳慣れない造語や英語を用いた「デキる感」の演出に余念がない。「フィジビリティ」「キャズム」「インサイト」「自分ごと化」などなど、アンタ、それどこの国の暗号?と1ページごとにツッコミたくなる。ぼくらの仕事はアイデアの種子から「広告」というベイビーを生み落とし、商品の売上に貢献すること。言葉遊びの寸止めプレイを繰り返しているだけではお話にならない。

    気になるA嬢の転職先は近頃上り調子のコスメ&トイレタリーのベンチャー企業。有名女優を何人も起用したTVCMをガンガン流している。彼女はそこで商品開発を担当するのだとか。広告なんていう虚業稼業に携わってると、メーカーの方々の真摯なものづくり精神には本当に頭が下がる。ぶっちゃけ「おもしろいこと」なんて誰でも考えつく。本当に難しいのはそれを「形にする」こと。世に出ないアイデアなんて、何も思いついてないのと同じ。常識、前例、既成概念、責任の押し付け合い、重圧、古い体質、硬いアタマ、ダサいセンス、長い会議、調査に次ぐ調査、慎重論…etc。社内にあるいくつもの目に見えないハードルを飛び越え、製品化というゴールテープを切ることがどれほど難しいことか。

    バーから出て、タクシーを待つ間にA嬢がぽつりとつぶやいた。

     広告は応援だって言った人がいたけれど、
     わたしは応援してるだけじゃ嫌なんです

    わかる!わかるよその気持ち!新居に向かって走り去る彼女が乗ったタクシーのテールランプは、銀座のネオンより少しだけ輝いて見えた。

    ※ 本コラムの内容は全て個人的な発言であり、所属する組織や団体とは一切関係ありません。むしろ早く関係して発言できる身分になりたいものです。

  • 佐藤理人(さとうみちひと)

    電通 第4CRP局 コピーライター。

    マーケティング、営業を経て、2006年より現職。

    東京コピーライターズクラブ会員。

    受賞歴:TCC新人賞、ACC銅賞など。

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